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PROFILE
プロフィール
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池本さやか写真を始めたきっかけは、銀座でユージーン・スミスの写真展を観たことだった。
ちょうど学生時代の最後の頃で論文を書くのに四苦八苦しながら、世の中には「言葉にできないもの」とか「言葉にしない方がよいもの」があると思っていたときだった。

ユージーン・スミスの写真のなかの人たちの何とも言えない表情などを観ながら、写真には「言葉にしない方がよいもの」があるんだなぁと思ったのだ。

生まれは東京で、父親の転勤によりアメリカはニューヨークに1975年の秋に引っ越した。現地の小学校に通って、4年間を過ごした。 このときの経験は大きかったと思う。でもそれに気がついたのは東京に帰ってきてからだった。そのころ帰国子女はまだ珍しく、すでに「日本社会」のなかで自分が少々異質な存在だと意識し始めた。

写真がなぜこんなにも私を魅了しているかは、はっきりはわからない。 特に「親子3代芸術一家」みたいなそういう環境で育ったわけでもない。 強いて言えば母方の祖父が写真が好きで、私が物心つく前からいつでもどこへでもカメラを持ち歩いていて、それゆえ私には生まれたときからのアルバムがそろっていた。 後に、画家か芸術家になりたかったらしいという話も聞いた。 残念ながら祖父の生前、私は写真に本格的に興味を持っていなかった。 もしかしたら母親が美大だったということが影響しているのかと思ったりもするが、どちらかというと私は大人しく絵を描いたり、完成させたりするのが苦手だった。

母が私や妹も含め近所の子供たちを集めては絵画教室なるものをやっているときも早く外へ出て走り回って遊びたいほうで、さぞかしがっかりさせていたことであろうと思う。学校ではスポーツをよくやった。テニスにソフトボール、バレーボール、水泳、スキー等々。

東京外国語大学のスペイン語科に入学し、ラテンアメリカ地域研究なるものを勉強してから朝日新聞の写真部に就職が決まった。写真を実際に始めたのはこのときだ。 毎日のニュースや新聞用の写真を扱うなかで水中の取材を通じて海の世界に魅せられる機会があった。

水中写真家、中村征夫氏に師事する。 その後フリーランスになって生活のためには通訳や翻訳の仕事も傍らでしつつ、オーストラリアのグレート・バリア・リーフやコーラル・シー、メキシコのバハ・カリフォルニア、中米のベリーズ、沖縄や小笠原へと潜りに行った。

それらの水中の写真で個展をいくつか開催した後、もっと勉強し直そうと決意してパリの写真学校へ行ったのが2000年の秋。 とてもよい友達ができたことと、世界の中でもレベルの高い写真や芸術を比較的気軽に観られる環境はすばらしかった。

略歴はこちら
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個展開催歴
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2007年 Time and Space, Physical Body and the Soul, The Reason that this has to be Photography, --- unexplainably (東京)
時間と空間、身体と意識、言葉にはない写真でなくてはならない理由
2006年 Ensemble Orchestral de Paris (東京)
パリのオーケストラ〜ポートレート編
2005年 Breathing in Deep, the Wind, A?Dream in Palau(東京)
「風を嗅ぐ、パラオの夢」
2005年 Why Dance? ---My Dancer Friends and Myself, with Photography(東京)
「ダンスが好きな彼女たちと写真が好きな 私」
2004年 海の中の非現実の世界で(東京)
In the Underwater Unreal World
2004年 Nobody & Nowhere in Particular(東京)
特別誰でもなく、どこでもなく
(コラボレーション展)
2003年 パリのオーケストラ〜モノクロ編/カラー編
Ensemble Orchestral de Paris
2002年 パリの空とモノクロのポートフォリオ(東京)
Sky in Paris and Portfolio in Black and White
2000年 海のなかの不思議の世界で(東京)
In the Underwater Wander-Land
2000年 言葉にならないメッセージ(東京)
The Silent Message
1999年 青と黒のシンメトリー(東 京、京都)
Symmetry in Blue & Black